原田摩利

記録室

これまでの時間を、少しだけ

人を見ることが、昔から好きでした。

表情、声、仕草、
その人がその人になる瞬間。

映画を撮る時も、写真を撮る時も、
人の話を聴く時も、
たぶん私はずっと同じものを見ています。

振り返ると、
ずいぶんいろいろな場所を通ってきました。

一見ばらばらに見える時間も、
今はどこかで
全部つながっている気がします。

18歳で、アメリカへ。

ミズーリ州、ペンシルベニア州、
ニューヨーク州。
異なる文化と言葉の中で過ごした、約7年間。

最初に惹かれたのは、心理学。
人をもっと知りたい。
困っている人に寄り添い、何かの役に立てたら。
そんな思いが、ずっとありました。

けれど、アメリカでカウンセラーを目指すには、
言葉の壁もある。
その道は、思っていたよりずっと遠く感じられました。

そんな頃、ある小さな街の映画館で。
周りの人たちが笑っている。
私も、一緒に笑っている。

英語が全部わかるわけじゃない。
それなのに、同じ場面で笑っている。

言葉が十分にわからなくても、伝わるものがある。

映像って、面白い。

言葉に頼らずに何かを伝えられたら、
国も言葉も越えて、
世界中の誰かに寄り添えるかもしれない。

映画を作りたい。

大学で映画を学ぶ一方で、
日本食店で働いたり、
日本から来る方を案内したり、
日本語学校で約1年間、週に一度、
小学1年生の担任をしたり。

映画だけを
学んでいたわけではありませんでした。

違う背景を持つ人と出会うこと。
相手に合わせて伝えること。
間に立って、人と人をつなぐこと。

そんな時間の中で、
「違うって、おもしろい」という感覚が
少しずつ育っていった気がします。

アメリカ時代、友人たちと笑う原田摩利
アメリカ時代、屋外で友人たちと4人で
アメリカ国旗の前で、卒業ガウン姿の原田摩利
Point Park University
Bachelor of Fine Arts
in Film and Video Production
1996年卒業

帰国後は、
映像・イベント制作会社へ。

約1年間、日本の制作現場に身を置く。

アメリカで学んだ映画と、
日本で仕事としてつくる映像。

場所が変われば、
つくり方も、人との関わり方も違う。

同じ頃、
祖父母の在宅介護も、私の日常の一部に。

20代だった私には、
認知症も介護も、知らないことばかり。

これからどうなるんだろう。
何をすればいいんだろう。

先の見えない不安や絶望感に苦しみ、
うまくできない自分を責めることもありました。

知らないから、怖い。
わからないから、不安になる。

あの頃の私が、もう少し知っていたら。

今は、そんな経験が、
誰かの安心につながればいいなと思っています。

その後、
金融業界の会社で人事部へ。

毎日のように、大学生向けの会社説明会。
面接も担当していました。

何を伝えるか。
どう伝えたら届くか。
目の前の人は、どんな人なのか。

映画とはまったく違う仕事に見えるけれど、

ここでも私はずっと
「人」を見ていた気がします。

映画の現場では、
ひとつの場所だけに
いたわけではありません。

カメラのそばにいる日もあれば、
人をつなぐ役割を担う日もある。
ときには、現場全体を見渡すことも。

映画は、一人ではつくれない。

たくさんの人が集まり、
少しずつひとつの作品になっていく。

その時間を、
いろいろな場所から見てきました。

群馬を中心とした「まち映画」の現場に、
約7年間。
撮影助手、制作進行、記録、スチル。

映像・写真・記録を覗く
体育館で円陣を組む出演者とスタッフを、上からカメラで撮影する原田摩利
安中まち映画『ライズ&シャトル』メイキング撮影

人のことを知りたいと思って、
心理学や自己肯定感について学んできました。

その途中で、
いちばん知らなかったのは
自分自身だったのかもしれない、
と思うようになりました。

自分の感じ方を知ること。
自分の違いを知ること。
それを否定しないこと。

その経験は今、
人の話を聴く時にも、
写真を撮る時にも、
ワークショップをする時にも、
静かにつながっています。

興味を持つと、つい学びたくなります。

人のこと。
心のこと。
映像のこと。
写真のこと。
パンのこと。

一見ばらばらに見えても、
私の中ではどこかでつながっています。

学んできたこと

  • 自己肯定感アカデミー認定講師
  • ライフチェンジアドバイザー
  • アドラー流メンタルトレーナー
  • HSPカウンセラー
  • 数秘カウンセラー
  • フォトセラピスト
  • カラーセラピスト
  • 声別診断士
  • パンシェルジュプロフェッショナル(2級)
  • 「認知症世界の歩き方」公認ファシリテーター

これまで、ブライダル、成人式、七五三、
小学校の行事や卒業アルバム、
保育園や幼稚園の子どもたちなど、
たくさんの人を写真や映像に残してきました。

人生の節目も、
何気ない日常の一瞬も。

長くカメラを持って人を見ていると、
表情の奥にあるものや、
その人自身も気づいていない何かが
ふっと見えることがあります。

フォトセラピーを学んだのも、
写真の中にあるものを、
もう少し深く見てみたかったからです。

認知症も、
「知らない」ことで
怖く見えることがあります。

でも、その人が見ている世界を少し知ると、
行動の意味が見えてくることがある。

わからないものを怖がるより、
まず知ってみる。

ここにも、
私が昔から大切にしている
「違いを面白がる」という感覚が
つながっている気がしています。

認知症世界の歩き方 実践ワークショップへ

そして、
なぜかパンも焼いています。

店舗のない、気まぐれなパン屋。
その名も、気まぐれMari Bakery。

オーナーの気まぐれで焼いて、
気まぐれに届けています。

代表作は、2つがつながったちぎりパン。
誰かと分け合って、
「美味しいね」って笑い合えたらいいな。
そんな願いを込めています。

美味しいの先には、笑いがある。
美味しさを分かち合ったら、
笑いも連鎖するんじゃないか?

そんなことを、パンを焼きながら実験中。

まりパンへ ↗
MARI BAKERYのラベルを貼ったまりパン
まりパン

やっていることは違っても、
私がしたいことは、
そんなに変わっていない気がします。

その人が、
その人のままでいられる時間を
つくること。

そして、
そこから笑顔が少しずつ広がっていくこと。

生まれてきただけで、100点。